2024年11月4日実施、第3回・志望校診断サピックスオープン(5年)
物語文『ぼくはうそをついた』(著:西村すぐり)の解説をしていきます。
文章の概要
あらすじ
レイは祖父の家で過ごしているのは、時折「まいご」になったり、記憶が混乱する様子が見られるようになったひいおばあさんの近くにいたいと思ったからだ。幼なじみのカイトがひいおばあさんのためにバイオリンを弾く姿を目にし、レイは思わず嫉妬心を抱いてしまう。過去にひいおばあさんを「ほっといてしまった」自分を責めるレイ。しかし、カイトとの関わりで心情が変化していく。
登場人物とその特徴
- レイ:主人公の女の子。小学校を卒業したばかり。嫉妬心や自己嫌悪を抱えつつも、ひいおばあさんの苦しみを理解し、支えたいと考える優しい心の持ち主。
- カイト:レイの幼なじみ。一級下の男の子で、バイオリニストを目指している。感受性が鋭く、人の心の動きに敏感。
- ひいおばあさん(タヅさん):レイの曾祖母。かつてアメリカで育った経験を持つ。記憶の混乱や迷子になることが増えてきているが、優しく明るい性格。子どもたちには「ヘロゥばぁ」と呼ばれ親しまれている。
- コト:レイのいとこ。祖父の家で姉妹のように育った。レイとともにひいおばあさんを探したりする存在。
- モモ:祖父の家の庭にいる猫。レイに甘える描写が多く、レイの感情を和らげる癒しの存在として描かれる
難しい言葉・重要語句の解説
- ユキワリイチゲ:早春に咲く紫色の花。日の当たり方で花が開閉する特徴があり、物語の中で象徴的に用いられる。
- サッシ戸:アルミや木製の枠にガラスがはめ込まれた引き戸。
- 生け垣:庭や敷地を囲むために植えられた低木の列。
- えんさき:縁側の先端部分。カイトやひいおばあさんが座る場所として登場し、家庭的な雰囲気を表している。
- ガーデンスツール:庭で使用される簡易的な椅子。レイがカイトの演奏を聴くときに腰掛ける。
- ふみ石:縁側の近くに置かれる石。庭から縁側へ上がる際の一歩として使われる。日本庭園の特徴を表す。
- ささくれ:物の先端や指先などが細かくさけたりめくれたりすること。本文ではレイの心情の揺れを比喩的に表している。
- 嫉妬(しっと):他人を羨ましく思う感情。
- 移民:ある国から別の国へ移り住むこと。
- おどけた:真剣さを和らげるために、ふざけた様子を見せること。
物語後半で明らかになる主人公の心情の理由
物語前半で、ひいおばあさんやカイトはプラス心情なのに対して、レイは一貫してマイナスの心情を抱えています。これは、とてもおかしな状態です。マイナス心情の理由は物語後半で明らかになっていきます。
- ひいおばあさんへの後悔と責任感:レイは過去にひいおばあさんを見失った経験から深い後悔を抱き、「自分が守らなければ」という責任感に苦しんでいます。
- カイトへの嫉妬:ひいおばあさんに喜びを与えるカイトの存在がまぶしく映り、自分が何もできないと思い込むことで、嫉妬心が芽生えています。
- 未熟さへの苛立ち:自分の未熟さや素直になれない性格への苛立ちが、感情をさらにこじれさせています。
[読解のポイント]
疑問に思う部分には線を引き、?マークをつけておき、「なぜ主人公がマイナス心情を抱えているのか」を考えながら読み進めましょう。
初読で分からない心情や情景などが後半で描かれる物語はよく出題されるので、読み方のポイントをおさえておきましょう。
主人公の心情変化
レイは、ひいおばあさんをほっておいてしまったことへの後悔や、カイトへの嫉妬心に悩まされる。ひいおばあさんの複雑な背景や、自分の不器用さに向き合う中で、どうしても心がすっきりしない。
しかし、カイトに本心を打ち明け、カイトが演奏するバイオリンの曲を聴くことで、レイの心は次第に癒されていく。涙とともに溜まった感情を解放し、再び笑顔を取り戻すことで、ひいおばあさんやカイトと新たな気持ちで向き合うことを決意する。
重要問題解説 問3・問8
今回は、主人公・レイの心情を記述する問題が出題され、難易度の高い問題でした。その2問を解説していきます。
(問3)記述問題 ー線③「レイは、心がきゅっとちちんで、つめたくなるのをかんじた」とありますが、このときのレイの気持ちを説明しなさい。
■(問われていること)を確認する
この問題で(問われていること)は「レイの気持ちを説明しなさい」という部分です。
―線部には「心がきゅっとちちんで、つめたくなる」という比喩表現で、マイナス心情が読みとれます。この比喩表現が表すマイナス心情を説明する問題であることを確認しましょう。
■比喩表現が表すマイナス心情を考える
「心がきゅっとちちんで、つめたくなる」という比喩がどのような心情を表しているのでしょうか。―線部付近の記述に注目し、心情の原因を考えましょう。
[本文](P8・7行目~)
「それに、こっちだと、タヅさんがきいてくれるから。ね」
カイトは、ひいおばあさんに目くばせをした。ひいおばあさんは、ちいさい子どものように手をたたいてよろこんだ。あとをついてきたモモが、カイトの足にまとわりつく。
レイは、心がきゅっとちちんで、つめたくなるのをかんじた。カイトのバイオリンをそばできけるのに、あまりうれしくなかった。
前述したように、ひいおばあさんやカイトはプラス心情なのに対して、レイはマイナス心情です。レイのマイナス心情に注目して読み進めていくと、理由が明らかになっていきます。
[本文](P9・3行目~)
「タヅさんの、あれ、は、ひとつしかないんだ」
「いつも、弾いてくれてるのね」
いったあとで、レイは、その声がささくれだっているようで、どきりとした。カイトに、しっとしているのだと、わかった。
この記述から、カイトがバイオリンを弾いてひいおばあさんがよろこんでいることに不快感を示しており、嫉妬していることがわかります。
[本文](P10・5行目~)
ひいおばあさんをみつけて、「かえろう」と声をかけても、しらんぷりされるのはかなしい。でも、レイは、ひいおばあさんが、男の子に声をかけてまわるのは、原爆で亡くした息子をさがしているからだとわかるから、おばあさんのつらい思いを、すこしでもかるくしてあげたいのだ。
カイトにしっとしても、解決するわけではないとわかっているけれど、レイはしっとせずにはいられなかった。
ここから、レイがカイトにしっとする理由が読みとれます。
レイはひいおばあさんの悲しい気持ちを理解しており、つらい思いをかるくしてあげたいと思っています。しかし、レイにはそれができないのです。だから、ひいおばあさんをよろこばせているカイトにしっとしてしまっているのです。
■(問われていること)にできるだけ短く解答し[記述の核]をつくる
記述問題のコツは、(問われていること)にできるだけ短く解答することです。
今回はレイの気持ちを答える問題で、先ほどレイがマイナス心情である理由を考えたので、できるだけ短い答え[記述の核]をつくります。
[記述の核] カイトにしっとする気持ち。
この記述の核の前半に文をつけ足し、記述を完成させます。
■[記述の核]に文をつけ加える、記述を完成させる
[記述の核]につけ足す文は、①対比 ②原因 ③説明 のどれかを、状況によって選択しましょう。
①対比 → 2つのものを比較する書き方です。「○○だったが」
②原因 → [記述の核]の原因を記述します。「○○だから」
③説明 → [記述の核]を詳しくする文をつけ足します。「○○くらい」「○○という」
[記述の核]である「しっとしている」という心情は、「他人が自分よりも優れていることをねたむ感情」です。そこで、①対比 を使って前半の文を書いていきましょう。
[正答]
ひいおばあさんを大切に思っているのに理解しきれない自分よりも、ひいおばあさんを理解し心を通わせているカイトにしっとしている。
赤字の部分が対比的な書き方をした部分であり、「しっと」の意味を理解していなければ、「レイが自分よりもひいおばあさんを喜ばせているカイトを妬んでいる心情」を、正しく記述することができません。
心情の意味を確認することを、心がけていきましょう。
(問8) ー線⑧「いつも、たのしみにしていた音が、また、もどってきたのだ」とありますが、ここからわかるレイの気持ちの変化を説明しなさい。
■(問われていること)を確認する
この問題で(問われていること)は「レイの気持ちの変化を説明しなさい」という部分です。
このように、主人公の変化を問われた場合、解答の仕方に型があります。
〈変化前〉…だったけど 〈きっかけ〉…をきっかけに 〈変化後〉…になった。
このような型で解答します。図にすると以下の通りです。
■〈変化後〉の心情を考える
まずは、〈変化後〉の心情を読みとるのがおすすめです。〈変化後〉を読みとることで、〈変化前〉の心情を考えやすくなります。
―線部の「たのしみにしていた音が、また、もどってきたのだ」というのは比喩表現で、この意味を明らかにすることが重要です。これは、「カイトの奏でるバイオリンをまた楽しめるようになった」という意味です。レイの気持ちがプラスに転じているので、これが〈変化後〉の気持ちと言えます。
〈変化後〉 カイトの演奏をまた楽しめるようになった。
―線部に比喩表現がある場合は、必ず比喩が表す事柄を明らかにするようにしましょう。
■〈変化前〉の心情を考える
上記のように考えると、〈変化前〉は「カイトの演奏が楽しめなかった」ということになるのですが、なぜ楽しめなかったのかを明らかにしないと、心情の変化をうまく説明することはできません。
カイトの演奏が楽しめなかった理由は、(問3)で確認したように「カイトに嫉妬していたから」です。カイトに嫉妬していた理由も、主人公がカイトに本心を打ち明ける場面に書かれています。
[本文](P11・13行目~)
「むかっとしたから、おばあちゃんをほっといて、コトちゃんといっしょに公園へあそびにいっちゃったの。夕方、もどってきた ら、おばあちゃんがいないって、みんながさがしてて、夜になってもかえってこないから大さわぎになった。わたしが、ちゃんとつれてかえればよかったのに」
レイは、立ちあがり、いすに場所をうつして、かたほうのひざをかかえこんだ。
青マーカーの文から、レイのマイナス心情が読みとれます。主人公は「おばあちゃんをほっといて」しまったことに対する罪悪感があったのです。〈変化前〉の気持ちは以下のようにまとめることができます。
〈変化前〉
ひいおばあさんをほっといてしまったことに罪悪感があったので、ひいおばあさんを喜ばせているカイトに嫉妬していた
■変化の〈きっかけ〉を考える
主人公がマイナス心情からプラス心情に変わる部分を読んで、〈きっかけ〉を明らかにしていきましょう。
[本文](P11・19行目~)
レイは、ちからのない声でこたえた。
駅のベンチにすわっているひいおばあさんを、近所のひとがみて、しらせてくれたのだった。
カイトは、なにもいわなかった。かわりに、また、バイオリンを手にとって演奏をはじめた。それは、カイトがバイオリンをはじめたころ、よく弾いていた曲で、レイがすきだといったことがある曲だった。
レイの目から、涙があふれだした。心をおおっていたかさぶたが、ぼろぼろとはがれおちるように、涙がこぼれた。ひとつぶこぼれるごとに、カイトのかなでる音がレイの耳にしみこんできた。やさしい音だった。いつも、たのしみにしていた音が、また、 もどってきたのだ。
青マーカーのマイナス心情から、赤マーカーのプラス心情に変化する間に、心情が変化する〈きっかけ〉があるはずです。カイトは何も言わなかったが、「レイがすきだといったことがある曲」を演奏したのです。
これは、カイトのやさしさであると読みとれます。レイのすきだと言った曲を覚えており、落ち込んでいるレイを元気づけるためにその曲を演奏したのです。そのやさしさに触れた瞬間、レイは感動の涙をながすのです。
〈きっかけ〉 カイトのやさしさに触れた
■記述をまとめる
上記のように〈変化前〉〈きっかけ〉〈変化後〉を考えたので、それをまとめて記述を完成させましょう。
[正答]
ひいおばあちゃんを連れて帰らなかったことに罪悪感にとらわれ、ひいおばあちゃんと心を通わせるカイトに嫉妬していたが、カイトのやさしさに触れたことで解放され、素直にカイトの音楽を楽しめるようになった。
青字が〈変化前〉で、赤字が〈変化後〉、太字が〈きっかけ〉です。
変化を問われた問題は、記述の書き方の型を覚えることが大切です。お子さんと確認していてください。
【2024】第3回・サピックスオープン(5年) 物語文まとめ
今回の物語はどうだったでしょうか。主人公の複雑な心情を、理解することが難しかったかもしれません。「嫉妬する気持ち」について、ぜひお子さんと話をしてみてください。「習い事で自分よりうまい人がいて嫉妬した」「自分より勉強ができる子に嫉妬した」などの気持ちを話すことで、主人公の気持ちをより深く理解でいるようになります。
そのように、「嫉妬する気持ち」があったにも関わらず、後半で主人公はカイトに心を開きます。嫉妬した相手をすぐに好きになることが難しいことは、子どもでも理解できるのではないでしょうか。主人公の心情を変えたのがカイトの優しさです。優しさに触れたことで、心を開くことができた経験も、話し合えるとすてきですね。
お子さんが経験したことがない場合は、親御さんの経験を話してあげてください。きっと、とても興味をもって聞いてくれると思います!
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